イノベーション理論の発展に多大なる貢献をしたハーバード大学ビジネススクール教授のクレイトン・クリステンセン氏が2020年の始めに亡くなりました。
彼の代表作である1997年に出版された『The innovator’s dilemma(邦題:イノベーションのジレンマ)』は、名前を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。
業界のリーディング企業が、自らが有する事業に対し優れた経営を行ったが故に、新興企業の破壊的イノベーションの前に競争力を失うというジレンマを、鉄鋼や自動車、PC産業などを事例に解説した名著として今も読み継がれています。
今回は、クリステンセン教授が推薦文を寄せた、イノベーションのジレンマの解決法を示した米スタンフォード大学教授チャールズ・オライリー氏の2016年出版の著書『Lead and Disrupt: How to Solve the Innovator’s Dilemma(邦題:両利きの経営)』から、新規事業を立ち上げる組織を作るためのヒントや、変化に適応する組織を作るにはどうしたら良いかを考えます。
両利きの経営とは|既存事業と新規事業を別々にはもう古い?
多くの企業、経営者は、「既存事業を伸ばす組織」と「新規事業を立ち上げる組織」は別であると考えています。
クリステンセン教授も、大企業が既存事業と新規事業の両方を同時にやるのは難しいことだと認識し、イノベーションのジレンマを書いた当時は別々に取り組むことを推奨していました。
しかし、組織を別々にした結果として、当初失敗したウォルマートのEC事業等、大企業の新規事業においてさまざまな問題が発生しました。新規事業に取り組む中で得られた知見のフィードバックが既存組織に対して行われないことや、既存事業のリソースを新規事業が使いにくく、大企業のメリットが発揮できないこと等が起こりました。
そのため、既存事業と新規事業が、同じ組織の中、ひとつ屋根の下で同居できる経営=両利きの経営、という概念が生まれました。既存事業と新規事業という別々の事業活動であっても、双方の強みをお互いが使い合うことが大切という考えです。
リソースは共有しても、カルチャーは別にする
両利きの経営の実践での注意点は、資金や人材、顧客基盤、商流、ノウハウ、といったリソースは積極的に共有しますが、組織カルチャーは別にするということです。
ここで言う組織カルチャーとは、日本でよく使われる企業文化より広義な文脈です。仕事のやり方、仕事に対する姿勢といった、その組織をコントロールしているシステム全体を指します。
例えば、物事の進め方(業務、社内、取引先とのやり取り)、社員の持つ特有のマインドセット、上下関係のあり方、働き方、評価や報酬等、さまざまな要因が組織カルチャーにあたります。
社員は慣れ親しんだやり方に固執するため、組織カルチャーに意識を配らないと、既存事業の組織カルチャーと同じようなものになってしまい、新規事業はうまく育ちません。
両利きの経営では、既存事業のリソースは大いに活用するものの、これまで成功してきた仕事のやり方が新しいビジネスにとっては間違っている可能性があることを考慮し、仕事のやり方をどう変えていくかまで設計する必要があります。
種と同様に組織も変異しなければ生き残れない
成功体験のある社員がこれまで慣れ親しんだやり方から抜け出せないことをサクセストラップと呼びます。サクセストラップを防ぐには、新規事業におけるカルチャーを変え、慣れ親しんだやり方に留まることができないようにする必要があります。
オライリー教授は、ダーウィンの進化論同様に組織も変異する必要があり、両利きの経営ができる組織こそが変化する環境に適応し、生き残ると述べています。
全く別の組織として、既存組織とのシナジーを生み出さない形で新規事業に取り組むと、大企業としての利点を活かすことができないため、イノベーションを持った新興企業に抗えません。
また、既存事業と組織カルチャーを変えることなく新規事業を作ることも、新規事業にとっての最適な形とならず事業がうまく育ちません。
企業が生き残るためには、事業ごとに前述の組織カルチャーを進化させる必要があるのです。
両利きの経営は大企業のイノベーション、事業創造の光明
今回は両利きの経営から、組織の話に絞ってまとめました。
多くの企業で、イノベーションを起こすために、子会社を設立したり、離れた拠点で別会社のように扱ったりして、全く違うカルチャーを作ろうとしています。
しかし、オライリー教授の「両利きの経営」の文脈では、既存事業からまったく別物として切り離してしまうと、大手企業が新たなイノベーションで勝てる可能性が減少してしまいます。
変えるべきは組織カルチャーであり、強みである既存事業と新規事業のリソースをきちんと双方が活用できる形で、組織カルチャーを変えて組織運営していく方法を考えることが重要になるのです。
新規事業とまでいかなくとも、マネジメントが何か新しい変化を起こしたい時には、組織カルチャーの変化も意識すると良いかもしれません。